太一は幼い頃から、他の人には見えない不思議なものが見える能力を持っていました。
それは怪異と呼ばれる、人や生物の感情や思念が具現化した存在でした。 太一には妹もいましたが、彼女は太一とは違って怪異を見ることができませんでした。 太一は妹に怪異のことを話しても、信じてもらえませんでした。 両親も太一の話を重度の虚言癖と誤解し、彼を病院に連れて行こうとしました。 太一は自分の能力を隠そうとしましたが、それでも両親から疎まれることになりました。 結局、彼は実家の祖父母の家に一人預けられてしまいました。 太一は学校でも孤立していました。 太一は自分の能力を隠そうとしても、 いつも怪異に邪魔されたり、周りの人から変な目で見られたりしました。 太一は自分の生まれ持った特異体質や自身の心の弱さを嫌っていました。 彼は誰かに理解されたいと願っていましたが、その願いは叶わないと諦めていました。 しかし、そんな太一にも唯一親友と呼べる友達がいました。 剣道部のキャプテン健太でした。 健太は剣道の腕前だけでなく、 人柄も良くて、クラスメートから慕われていました。 健太は太一を仲間として認めてくれて、 いつも優しく励ましてくれました。 健太は太一に剣道を習ってみないかと誘ってくれたので、太一は剣道部に入りました。 剣道部では他の部員からも受け入れられて、 太一は少しずつ自信を取り戻していきました。 「おい、太一。今日も練習頑張ろうぜ」 「うん。ありがとう、健太」 二人は笑顔で握手をしました。 そんなある日、 太一は帰り道に近所の空き地に寄りました。 そこには不法投棄されたゴミの山がありました。 そのゴミの山は怪異発生の温床になっていて、太一にはその中から悲鳴や呻き声が聞こえていました。 太一は怖かったですが、誰かが助けを求めていると思って、 勇気を出してゴミの山に近づきました。 すると、空き缶の淵で怪我をして、 もがき苦しみ動けないでいた青虫を見つけました。 青虫は太一に助けを求める目で見つめているような気がしました。 「大丈夫か?」 太一は青虫に声をかけました。 すると、青虫が小さく頷いているように見えました。 「じゃあ、待っててね」 太一は青虫を傷つけないように手袋をして、 そっと持ち上げました。 そして、空き缶から出血している部分をティッシュで拭きました。 「痛かっただろうね。ごめんね」 太一は青虫に謝りました。 青虫は感謝の意を示すよう微笑んでいるように見えました。 「どこに連れて行こうかな」 太一は青虫を安全な場所に移動させようと考えました。 すると、近くに花壇がありました。 そこには色とりどりの花が咲いていました。 「あそこなら大丈夫だよ」 太一は青虫を花壇にそっと置きました。 青虫は花々の香りに癒されている様子でした。 「元気になってね」 太一は青虫に別れを告げました。 太一の瞳には、青虫が感謝と別れ惜しさを込めて微笑んでいるように映りました。 「また会おうね」 太一は青虫に手を振りました。 太一は青虫との出会いに心が温かくなりました。 そして、ゴミの山を見て、これ以上怪異が発生しないように、毎日、たった一人でコツコツと大量に捨てられていたゴミを片付けることにしました。 太一は毎日のように空き地に通っては、ゴミを拾っていました。 そのおかげか、空き地はだんだんときれいになっていきました。 太一は青虫とも仲良くなって、時々話しかけたり、花や葉っぱをあげたりしました。 青虫は太一に感謝しているのかもしれませんし、太一のことを大切に思っているのかもしれません。 青虫は太一に自分の秘密を明かしたいと思っていたのかもしれません。 しかし、太一には青虫の言葉がわからなかったので、伝えることができませんでした。 その翌日からでした。太一の身の周りで次々と不思議な事が起こるようになったのです。 ある日の休み時間、太一は学校の渡り廊下でいじめっ子のクラスメートに謂れのない因縁をつけられていました。 「おい、何とか言えよ!」 太一はそのクラスメートから胸ぐらを掴まれていました。 殴られると思った太一は反射的に目を瞑りましたが、次の瞬間、彼の喉元の圧迫が解けました。 それから一分余り時間が経ちましたが、 物音一つしませんでした。 太一がゆっくり目を開けてみると、 そのクラスメートはもう目の前にはいませんでした。 太一は驚いて辺りを見回してみました。 すると、渡り廊下の隅の方に先日見つけた怪我をした青虫がいました。 太一は思わず青虫の方に駆け寄りますが、 青虫はいつの間にか太一の視界から消えていました。 「え?」 太一は青虫が突然消えた事に驚きを隠せませんでした。 その後も、青虫は何度も太一の前に現れたり消えたりしました。 太一は不思議に思いましたが、青虫とは話すことができないので、理由はわかりませんでした。 ある日、太一のクラスに一人の女子生徒が転校してきました。 その女性生徒は太一に興味があるらしく、 クラスメート達がいる教室で、太一を放課後屋上に来るように誘いました。 「リナちゃん……だっけ? 教室でそんなこと言うとまずいよ。 きっと僕のクラスメートの奴らが冷やかしに来るって……」 「その事ですか? 心配いりません」 「そ、そう」 ほんとかなぁ…… 太一は半信半疑でしたが、 とりあえずリナと約束したとおり 放課後屋上に向かいました。 「太一くん、お待ちしてました」 「ねえ、教室からここへ来るまで君以外の誰にも会わなかったんだけど、 君、何か知ってる?」 「え、えーと、話せば長くなるんですが、 今から話す事を聞いたら、 きっと理由もわかってもらえますよ」 リナは太一に語りました。 リナは一生に一回だけ使える魔法で夢が叶えられるらしく、 人間の女性の姿になることを選んだのでした。 リナは太一に自分の正体を明かしました。 リナはワームホールと呼ばれる時空のショートカットを利用して、別の宇宙から過去や未来を移動しながらやってきた存在だったのです。 「太一くん? あなたは毎日ゴミを拾ってくれて、私の家族や仲間たちを助けてくれましたね? 私はそんな太一くんの直向きなところを少しずつ好きになっていきました。 私は太一くんが好きです」 リナは太一に告白をしました。 リナは太一を自分の時代や場所に連れて行こうと提案しました。 しかし、太一はそれを断りました。 太一は健太や他の人々と別れたくなかったからです。 しかし、リナはあきらめませんでした。 リナは太一を甘やかしました。 太一自身も自分の弱さに負け、 不都合な現実から自分の殻に閉じこもり、 現実逃避をするようになりました。 太一はリナから好きな時に好きなだけ美味しい料理をご馳走様されました。 また、二人でたくさん景色の綺麗な場所にデートに行きました。 それは、太一にとって夢のような世界でした。 しかし、それらはすべてリナがワームホールで持ってきたものでした。 リナは理解していました。 太一のいる世界に居座ることで、 移動をするたびに時空の歪みを引き起こし、 太一や周囲の人々が気付かない内に危険な目に遭うという事をです。 そして、時空の歪みは太一自身にも影響しました。 太一は記憶が曖昧になり、体が少しずつ薄くなっていきました。 太一はその不安をリナに打ちあけました。 「太一くん。あなたが私と一緒に違う世界に行ってくれたら、あなた自身はもちろん、 周りの人達の日常も元に戻ります。 だから、私と一緒に来てください」 その頃、健太は漠然とではありましたが、 太一と身の回りの重大な異変に気付いていました。 健太は太一の様子がおかしく、 最近付き合いが悪くなってしまったこと、 最近リナについて不可解な目撃証言があることに、 彼女が怪しいのではないかと疑問に感じていました。 健太はある日、学校でリナに会いました。 健太はリナに言いました。 「なあ、お前……誰だ?」 「え?」 「お前、どうして太一と仲良くしてるんだ!?」 健太はリナに詰め寄りました。 「あなたが私達の何を知ってるって言うの?」 リナは言いました。 次の瞬間、 リナが異空間から呼び出した無数の鋭利な氷の氷柱が一斉に健太目掛け襲い掛かりました。 カキン、カキン、カキーン! しかし、 剣道を習っていた健太は、 リナの怒涛の攻撃の全てに対して、 氷柱の一つ一つを木刀で二つに割り、 退けました。 そして、健太はリナに木刀を突きつけました。 「お前と太一は生きる世界が違うんだ。 お願いだ。 太一の元から去ってくれ」 「黙れー!!」 激昂したリナは健太の手から木刀を弾くと、 下半身を巨大な青虫に変身した身体に取り憑いて締め上げました。 「どう? 降参して私と太一くんから手を引いてもらえるかしら?」 リナはそう健太に諭しますが、 健太は決して諦めませんでした。 「お願いだ! 俺はどうなってもいい! だから、俺の大切な友達を返してくれ!」 健太はリナに全身痛めつけられていましたが、 何度も何度も頼みました。 二人の問答はその日の夜中まで続きました。 何時間も痛めつけられているにも関わらず、 決して引き下がろうとしない健太の気迫に、 とうとうリナは観念しました。 次の日、リナは学校に来ませんでした。 リナがいないことを心配した太一は、 先生に家族の連絡先を聞きますが、 そんな女子生徒はいないと言われてしまいました。 クラスメートにも聞きますが、誰もリナの事を知りません。 驚き、焦った太一は、思い当たる場所を片っ端から探し回りました。 しかし、どこを探してもリナはみつかりませんでした。 太一は二人が最初に出会った場所に戻ってみることにしました。 太一は、ここにいないと、もう他には望みはありませんでした。 太一は唯一の希望にかけました。 しかし、リナはもうそこにはいませんでした。 花壇には、1匹の綺麗な蝶が鱗粉を撒きながら飛んでいました。 素敵な思い出をありがとう、リナ……。 太一は涙を流しながら、蝶に手を振りました。蝶は太一に手を振り返しているように見えました。 そして、蝶は空へと舞い上がっていきました。 太一はリナとの別れを悲しみましたが、 同時に彼女の幸せを祈りました。 彼女はきっと幸せになれる。 太一はそう確信していました。「私は何も言ってないよ!」 葉奈がそう言った瞬間、空間が揺らぐ。 言葉が響いたはずなのに、耳に届いた音は掠れていた。 「私は何も書いてないよ!」 彼女の指先が淡く透け、まるで存在が薄れるかのようだった。 空気が変わる。 太一は息をのむ。 どうして、こんなことが起こるのか。 どうして、妹・葉奈の声が消えかけているのか。 彼は分からなかった。 だが、葉奈の口から発された無責任な言葉が—— 彼女自身の存在を侵食していることだけは、確かだった。 ある日、太一は異変に気づいた。 葉奈の声が、どこか不自然に響く。 そして、矛盾した発言をするたび、体がわずかに薄くなっていくのだ。 「私は何も言ってないよ!」 その瞬間、彼女の声がかすれ、少し小さくなった。 「私は何も書いてないよ!」 その瞬間、彼女の指先が薄れ、まるで霧のようになった。 「この話は誰にも言っちゃいけないことだからね、いい?」 彼女の瞳が、どこかぼやける。 最初は誰も気に留めなかったが、太一だけははっきりと異常を感じていた。 このままでは——葉奈が、この世界から消えてしまう。 太一は決意し、その夜、神社の鳥居をくぐった。 狐のお面をかぶった青年が、そこにいた。 「お前の妹は、言霊の檻に囚われたな。」 青年は、まるで太一の妹の運命を知っているかのように告げる。 「言葉は、ただの音ではない。 それは、世界を縛る力だ。 無責任な言葉を発した者は、その重みを背負うことになる。 お前の妹は——自分自身を矛盾させることで、消えかけている。」 「どうすれば助けられる?」 太一は必死だった。 青年は肩をすくめる。 「簡単だ。お前の妹に真実の言葉を語らせろ。 矛盾のない、自らを定義する言葉だ。」 「……真実の言葉?」 狐面の青年は、太一に問いかける。 「お前の妹は、誰のために生きている?」 「……家族のためだと思う。 俺たちに迷惑をかけたくないって、いつも思ってるみたいだった。」 青年は苦笑し、「それは違う」と言った。 「お前の妹は、自分のために生きていない。 だからこそ、自分の言葉が軽
前回のあらすじ: 【太一と遥音は、幼い頃からの思い出を分かち合いながら、長い間抱えていたわだかまりと後悔をようやく打ち明ける。互いを傷つけた過去、謝ることができなかった時間を乗り越え、二人は心を通わせる。 過去の楽しい日々、そして最後に交わした冷たい言葉――その痛みを乗り越え、太一は遥音に心からの謝罪を伝え、遥音もまた彼の言葉を待っていたことを告げる。時を経て再び向き合った二人は、幼い頃に交わした約束を思い出す。「ずっとそばにいる」と誓い合ったあの日。その約束を果たせなかった悔しさが胸を締めつける。遥音の瞳には、ほんのわずかに涙が滲んでいたが、その奥には太一への変わらぬ想いが宿っていた。 優しく微笑む遥音の姿に、太一は涙を流しながら彼女の頬に触れる。そして、ふたりの想いが交わる瞬間、あふれる記憶とともに、遥音は光の中へと消えていく。その瞬間、太一は不思議な温もりに包まれ、遥音の囁きが微かに聞こえた。「ありがとう、ずっと忘れないよ」――静寂の中、太一は空を見上げ、胸の奥に響く遥音の言葉をそっと抱きしめるのだった。――。】 目を覚ますと、太一は自室のテレビの前にいた。 薄暗い部屋の中、かすかに差し込む朝の光がカーテンの隙間から揺らめいている。 彼が不意に視線を落とすと、手の届く場所にあるゲーム機がふと目に入った。 その姿は変わらない。けれども――壊れていた。 もう、再び起動することはない。 何度電源を押しても、何度コードを繋ぎ直しても、 彼の手元で動き出すことはなくなってしまった。 「……これで、本当によかったのかな」 囁くような声が、静かな部屋に溶けて消えていく。 太一はそっとゲーム機を撫でた。 その表面には、長年触れてきた感触が染み付いている。 数え切れないほどの時間を、この画面の前で過ごした。 それは、遥音との最後の時間を刻んだ場所でもある。 「……またね、遥音ちゃん」 その言葉がこぼれ落ちると同時に、太一は静かに立ち上がった。 ぎしり、と床が軋む音がする。 窓の外には青空が広がり、柔らかな風が木々を揺らしていた。 太一はゆっくりと玄関へ向かい、靴を履くと外へと踏み出した。 向かった先は、遥音の墓。 墓地へ続く道は、静かで落ち着いた雰囲気に包まれていた。 遠くで鳥のさえ
前回のあらすじ: 【王国の玉座前で始まった謎の決闘。姫の掛け声と共に始まったのは、まさかの「ラジオ体操アルティメットリミックス」。 太一はウラ拍やオモテ拍のリズムに翻弄され、混乱の渦に巻き込まれる。 一方、余裕の青年は完璧な動きでリズムを制圧する。 しかし、カエルの謎のボーカルが入り乱れ、さらに状況はカオスにな展開に。 ミスを検知する審判・ボム師範の厳しい目が光る中、追い詰められた太一は突如覚醒。何かしらの謎の力により、完璧な跳躍とリズムの波動を掴み、カエルのテンポさえもシンクロ。 その瞬間、場の空気が一変し、観衆は息を呑んだ。 太一の動きに合わせて床が共鳴し、リズムの波が王国全体を揺るがす。 青年も動揺しながらも全力で応戦し、激しい応酬が続く。 最後の決め技が炸裂し、太一は完璧な着地を決める。 ボム師範の「勝者、太一!」の宣言とともに、王国中が歓声に包まれた。】 「僕ね……実はずっと、遥音ちゃんに言いたかったことがあるんだ」 太一は、小さく震える声で言葉を紡ぐ。 「僕は……あの時、君を傷つけた」 遥音は、ゆっくりと目を伏せる。 「私も……太一君を傷つけた……」 いや違う――。 「僕は……僕は、君にちゃんと謝らなかった」 遥音の瞳が潤む。 「私も……ずっと謝りたかったの……」 二人の心が、静かに重なる。 幼い日の記憶が、ゆっくりと巡り始める――。 僕たちは、ずっと一緒だった。 夏の日、木陰で並んでアイスを食べたこと。 「ちょっと溶けてるよ」 遥音が笑いながら言ってくれたこと。 春の日、桜の下でお互いに夢を語ったこと。 「僕たち、大人になったら、どんな風になるのかな?」 僕は、何も気にせず「楽しい人生を送りたい」と言った。 でも、遥音は。 「私は……ずっと、太一君のそばにいたい」 あの日の言葉が、今になって胸に刺さる。 そして、最後の日――。 「そんなの、知らない!!」 遥音は怒っていた。 「だったら勝手にすれば?」 僕も、彼女に冷たく言い返した。 あの日、僕は何も知らずに、何も考えずに言葉を投げた。 遥音は、小さく眉をひそめていた。 でも―― それが、彼女と
あらすじ: 【王宮の玉座前に巨大な和太鼓が運ばれ、試合が始まる。主人公・太一は、貴族の青年との太鼓勝負に挑む。青年の演奏は芸術的な腕前で、太一も必死に食らいつくが、指がほんの一瞬ズレたことで敗北してしまう。しかし、なぜか試合に関係ないオッサンがボム師範によって爆破され、謎の展開で幕を閉じる。】 「次は……ラジオ体操で勝負よ」 姫が高らかに宣言すると、まるで魔法のように、玉座の前に謎のステージが現れる。 黄金の縁取りがされた床には、なぜか巨大なスピーカーがいくつも設置されていた。太一の目が点になる。 「いや、なんでこの流れでラジオ体操!?!?!?」 叫ぶ太一をよそに、審判役のボム師範は深く頷きながら腕を組んだ。 もはや疑問を挟む余地はないというような顔だ。 「極めれば極めるほど、体の芯からリズムを感じられるものだ……」 青年は余裕の笑みを浮かべながら、体操の構えをとった。背筋を伸ばし、ゆったりと足を開く。 その姿はまるで戦場に立つ剣士のように堂々としていた。 そして―― 「ラジオ体操アルティメットリミックス、開始!!!」 突如、スピーカーから謎のおじさんの掛け声が爆音で流れ始める。 「ハ、ハ〜イ、!ホ!ホ!ホ!ホ!!」 その瞬間、会場全体が震えた。ステージの床からビートが伝わり、空間そのものがリズムに乗っているかのようだった。 青年はすぐさまテンポを掴み、流れるように腕を振る。 しかし――太一は全く理解できていない。 「え!?どっち!?オモテ!?ウラ!?!?」 腕を振る方向を誤り、ボム師範がピクリと反応する。 観客席にいるオッサンはひそかに太一を応援していたが、彼も困惑している。 「ミス検知中……」 冷たく響く判定の声。太一の額に汗がにじむ。 「やばいよやばいよ!!」 ぎこちなく動く太一を見て、オッサンはオロオロしている。そんな中、 青年は完璧な動きでウラ拍とオモテ拍を交互にこなし、まるでリズムを制圧しているかのようだった。 突然、スピーカーから謎の歌声が響き渡る。 「ゲロッ!ゲロ!ゲロ〜!!」 「ちょ!!歌付いたぁぁ!?!?」 ラジオ体操なのに、どこからか現れたカエルのボーカルが謎の曲を歌い始める。そのメロディーがラジオ体操のリズムを狂わせる。
前回のあらすじ: 【太一とオッサンは魔法使いの試練を乗り越え、王の謁見の間にたどり着く。しかし、囚われているはずの姫はそこに普通におり、彼女の隣には気品ある貴族の青年が立っていた。驚く太一に、姫は自分がさらわれたのではなく、政略結婚でこの城へ来ただけだと告げる。完全な勘違いに絶望する太一と、責任逃れしようとするオッサン。混乱の中、姫は太一に対決を申し込む。貴族の青年とのゲーム勝負に勝てば姫が太一の願いを聞き、負ければ貴族の願いを聞くという条件。競技は「太鼓」と「ラジオ体操」という謎のルールで行われることになり、騒然とする場の空気の中、勝負の幕が上がる――。】 姫の宣言が玉座の間に響き渡ると、重厚な音とともに巨大な和太鼓が運び込まれた。 漆黒の太鼓皮が厳かに輝き、装飾された木枠が高貴な雰囲気を醸し出している。 周囲の貴族や侍従たちは息をのんで見守り、試合の緊張感が一層高まっていった。 「……本当にこれで決めるの?」 太一は目の前の太鼓を見つめながら、バチを握りしめる。 彼の眉間には深い皺が刻まれ、決断の重みがのしかかっていた。 対する貴族の青年は、既に余裕の笑みを浮かべ、まるで勝利を確信しているかのようだった。 「君が勝てば、願いをひとつ叶えてもらえるんだ。 やるしかないだろう?」 青年は挑発するような口調で言い放つ。 その言葉に、太一はぐっと歯を食いしばる。 望みを叶えるには、この試合に勝つしかない。 しかし、青年の表情と姿勢からは、圧倒的な自信が感じられた。 彼はただ者ではない。そう思った瞬間、太一の心に不安が広がった。 「くっ……」 ため息をつきながらも、太一は覚悟を決めてバチを強く握り直す。そして―― 「試合開始!!」 姫の号令と同時に、貴族の青年が美しいフォームでバチを振るった。 まるで舞うように軽やかで、 洗練された動き。 静寂を切り裂くように響く太鼓の音―― 「ドン!カッ!ドドン!カカッ!」 そのリズムは、まるで芸術品だった。均整の取れた音の流れが、空間を支配する。 観客たちは息を呑み、彼の卓越した技術に魅了されていく。 太一は圧倒されるように呆然とした。 「うまっ……!!」 戦う前から、すでに彼の敗北が決まったような気すらした。 しかし―
前回のあらすじ: 【太一とオッサンの前に突如として巨大な魔法陣が出現。異次元の魔法使いが現れ、戦闘ではなく「クイズの試練」を課すことに。次々と難問が出題されるが、オッサンの的外れな回答のせいで罰ゲームが発動。空腹のワンちゃん軍団がじわじわと迫り、試練が進むごとに彼らの動きは加速。最後の問題で太一が「円」と正解を叫ぶと、魔法陣が輝き、ワンちゃん軍団の進撃は止まる。そして魔法使いは満足げに微笑み、門を開いた。こうして太一たちは次のステージへと進むことができた】 魔法使いのクイズを乗り越えた太一とオッサン。 彼らの前に広がるのは荘厳な王の謁見の間だった。 漆黒の石造りの壁には荘厳な紋章が刻まれ、天井からは煌めくシャンデリアが輝いている。中央には立派な玉座が鎮座し、その豪華な装飾には黄金と宝石がふんだんに散りばめられていた。床には長い赤い絨毯が敷かれ、歩くたびに静かに沈み込む柔らかさを感じる。 しかし―― 「え……、何で……?」 太一は目を疑った。 その玉座の前にいたのは、囚われているはずの姫―― しかし、彼女の隣には、背中に弓と片手剣を背負い、緑色の上下の軽装をし、緑の頭巾を被った気品のある貴族の青年が立っていた。鋭くも穏やかな瞳がこちらを見つめ、その整った顔立ちには余裕の笑みが浮かんでいる。 「な、なんで姫が普通にそこにいるの……!?」 戸惑う太一をよそに、オッサンは辺りを見回す。 「こ、これはドッキリ……そうでしょ、姫?」 オッサンが興奮気味に叫ぶ。 しかし姫は静かに微笑みながら答えた。 「私は……囚われていたわけじゃないの」 そして―― 衝撃の事実が語られた。 姫はさらわれたのではなく、政略結婚によってこの城へ来ただけだった――! 「えぇぇぇぇぇぇ!?!?」 「つまり……オッサンとクリマッチョの完全なる勘違いじゃないかぁぁ!!」 太一が頭を抱えて絶望する。 「……あぁぁぁぁぁ!?!?クリマッチョはどこ行ったかなぁ〜!?」 オッサンはそう白々しく呟くと、太一に見つからないよう、ゆっくりとその場を立ち去ろうとする。 しかし―― 太一の怒りの矛先はオッサンへと向き、場の空気が一気に険しくなる。 「ち、違うんだ!オレは悪くねぇ!ク